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社団法人 人間生活工学研究センタ 研究開発部
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吉岡松太郎
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8. 高齢者を含む人間特性のデータベース構築とユニバーサルデザイン

8.1 はじめに

 「人に優しい」と言う言葉,近年あちこちで耳にするようになった。これは,裏を返せば,それだけ世の中が「人に優しくなっていない」ことを意味しているとも考えられる。
 戦後50年余り,産業やそれをリードする科学・技術は,産業における「効率の向上」を主眼とした開発に力を注ぎ,結果,我国は世界に冠たる技術力・経済力を得,生活面においても,我々の身の回りには家電製品をはじめとする便利な生活用品や機器類があふれ,物質的には「豊かな生活」が提供されてきている。しかし一方で,これら物質的に豊かな生活が,必ずしも,個人の生活面での満足度や充実感へ反映されていないとの指摘もある1)。これは,従来の技術が高機能・高効率といったハードウェア的側面を重視するあまり,例えば,我々にとってせっかく便利な道具となるはずのコンピュータや家電機器等があまりに多機能化・複雑化したため,使い方が分からない等の理由から,結果として役に立っていないばかりか「使うことに疲れてしまう」などの不具合が生じ,これが上記のような状況を生み出す要因となっているとも考えられる。言い換えれば,従来の技術はハード優先で,これら技術が生み出す製品の使い手側としての使い易さなどのソフト的側面への配慮が欠けていたとも言える。
 また,近年では,社会の高齢化に伴い,いわゆるバリアフリーやユニバーサルデザインと言う言葉に代表されるがごとく,高齢者や身体的ハンディキャップを持つ人達にも健常者と同様に,種々のモノが利用できる環境つくりが叫ばれるようになっている。
 こうしたことから,近年では,「人に優しい技術」や「人間中心のものつくり」といった「人間」に焦点を合わせた新しい技術視点が重要視され,こうした技術トレンドのひとつとして「人間生活工学」の考え方が注目されてきている。
人間生活工学研究センタ(HQL)では,上記のような人間とモノとの間の不都合を解消し,より使い易い製品や環境を作り出すために必要となる,人間や生活の特性に係る諸データの収集・提供やその基礎となる計測・評価技術の開発を産学官協力のもとで推進している。
 ここでは,「人間生活工学」と当センタがその一環として進めている,高齢者を含む人間特性のデータベース構築について紹介するとともに,ユニバーサルデザインと人間生活工学の関連,さらには,人間生活工学に立脚した基準化,標準化等社会規範つくりへのアプローチについて考える。

8.2 人間生活工学と人間中心設計

これまでの「ものつくり」が,アイデアと技術をデザインという器の中に盛り込む過程であったとすれば,これからの「ものつくり」は,人間とその生活をもう一方の重要な要素として,人間中心の「もの」にまとめ上げることが求められ,その役割を果たすのが「人間生活工学」である。
 人間の特性や生活とアイデアや技術を結びつける過程は,それぞれの企業や設計者固有のものとなっていて,必ずしも共通の方法論が確立されているわけではない。このため,たとえば,高齢者向け製品を設計するとき,高齢者の特性をどう評価するのかわからない,データがあってもその使い方がわからない,といった問題が起こっている。
人間生活工学的設計では,「どのような人が使うのか(ユーザの要求事項)」,「どのような状況で使うのか(利用状況)」を明確にすることが大切となる。こうした使う人のことを考慮した設計方法に関する規格とて ISO 13407 (Human Centered Design Process for Interactive Systems / インタラクティブシステムの人間中心設計プロセス)が国際規格として発効し,昨年末にはJIS Z 8530として日本の正式な工業規格としても発効されている(図1参照)。この規格では,「ユーザは高齢者」ではなく,「年齢,身体機能,生活行動がこのような特性を持つ高齢者」ということを客観的に示すことが求められ,利用状況は,「家の中で使う」ではなくて,「使う場所,使い方,さらには,そこでの明るさ,音,温湿度条件など」を特定することが求められる。
このような基本的なことがこれまであまりにも無視されてきたため,事新しく言うといかにも複雑で難しいことのようであるが,実際の各々の設計場面で,どの要素が重要か判断できる素養を磨くことにより,複雑で難しいものではなくなる。
ものつくりの早い段階からこのような手法を取り入れることが,ニーズをシャープに絞ったものづくりへの近道であると同時に,頻繁な設計し直しによるコストを大幅に軽減する手段でもある。
高齢社会,さらには情報化,これは企業にとってこれからの時代,製品の機能・性能には,それほど差がなくなっており,人間をもっと知ることによって製品やシステムの使い勝手を高めることが,差別化の決め手であり,チャンスを生かす手段でもあると考える。
 最近よく耳にする,「バリアフリー設計」「ユニバーサルデザイン」なども,こうした視点から考えれば,製品のユーザをどういう特性を持った人が利用する製品かを考えることに帰着するものと考えている。

8.3 人間生活工学の役割

前節に述べた諸問題に対し,人間生活工学としての解を求めるためには,第1に「生活の場における人間を良く知ること」であり,第2に「その知見を工学的に活用すること」である。
 生活者としての人間を知るに当たり,生活自体についても深く見直していく必要がある。様々な生活場面を想定し,人間の行動を観察して,取り入れていくことが「人間生活工学」の特徴でもある。
 また,人間を知るためには,人間及び環境,並びに両者の係わり合いを科学的・工学的に把握することが必要であり,さらに,それを社会的な技術基盤として整備,利用していくことが大切である。
 技術基盤をつくる手順としては,まず第1に,人間自身の様々な特性,人間のおかれた環境の特性,さらにこれらの相互関係を明らかにすることが必要である。第2に,これらを測定・評価し,次いで,データを蓄積することであり,最後に必要に応じ設計・評価に活用できるよう編集することである。
 技術基盤の活用については,生活者,産業,公共といった様々な立場と観点から利用していくことが期待される。生活者の身の回りの製品設計やデザインに取り入れていくほか,住宅,職場の生産システムや公共施設,交通システムを始めとする建築あるいは都市空間設計等,人間の周りの環境にも広げて応用していくことが出来よう。

8.4 人間特性の収集と理解

 人間との適合性の高い(人に優しい)ものつくりを推進するためには,まず,人間の特性を知る必要がある。一口に,人間の特性といっても,図3に示すように,最も基本的な形態特性,つまり,人間の体型に関する特性から,行動・認知といった,いわば人間の脳内の情報処理特性に至るものまで存在している。しかも,こうした特性は,形態特性のように1日の中で大きく変化することのないものから,感覚や行動特性のように,時々刻々の環境状況に伴って変化する特性もある。また,人間特性は,性差や年齢などによっても変わることになり,特に,加齢に伴う特性変化を把握することは,これから到来する高齢社会への対応と言う側面からも非常に重要な問題である。このため,HQLでは,高齢者に注目した特性データの収集も行っている。
こうした人間の諸特性に関するデータを計測・解析しデータベースとして蓄え,その特性データをものつくりに活かし,ものと人間との適合性を向上させることが,人間生活工学の最重要課題のひとつであると考えている。以下HQLが収集・提供している人間特性データについて紹介する。

8.4.1 人体形態データ

人体寸法は人間が利用する空間・機器・設備等の設計に必要な基本データとして古くから多くの研究がなされ,種々の項目についての統計データが発表されている2)3)。また,近年では,「寸法」だけでなく「身体形状」に関するデータへのニーズも産業界を中心に提起されるようになっている。こうした傾向は我が国独特のものではなく,欧米においても同様な要望があり,現在,米国を中心に,オランダ・イタリアとの共同
研究として,CAESAR画(Civilian American and European Surface Anthropometry Resource Project / 1万人規模の欧米人の人体形状データの計測とデータベース化プロジェクト)なるプロジェクトが進められており,ここでも,寸法のみならず身体の3次元形状に係るデータ収集が行われている。
HQLでは1992年から94年の約2.5カ年で,全国の7歳以上90歳に至る男女約34,000人を対象に身体各部の寸法データの収集を行った。データ計測においては,単に寸法にとどまらず,人体全体形状を3次元画像として計測し,データベース化を行っている。

a) 人体寸法データ
人体寸法は,身長,胸囲等178項目の身体各部の寸法値を収録している。これらの多くは計測法に関しては,従来の人類学,人間工学分野で最も一般的に用いられてきたマルチン式計測器を用いての手計測により行っているが,一部項目については現場での計測の効率化を考え,3次元画像データからの採寸も併せて行っている。
これらの寸法データは,性別,年齢階層,居住地等の属性条件による生データ抽出や,抽出された属性群としての統計値データなど様々な形での提供を可能にしている。また,本データは,衣料用JISのサイズ表示改訂のための基礎データとして利用されている他,アパレル,電機,自動車等の各産業における設計基礎データとしても利用されている。

b) 3次元人体形状データ
本計測においては,前述のように,3次元画像による人体形状データの収集も行っている。これは,人体表面上のポイント(約3mmに1点)の3次元座標値の集合データで,このデータから人体の3次元形状の復元はもとより,体表面上の任意の2点間の距離算定や特定部位における周長,さらには,体積・表面積などの算定も可能であり,実際,前述のように,寸法計測データの一部もこの3次元画像データから算出されている。この3次元データは,また,形状データとしてCADシステムへの読み込みも可能で,メーカ等における製品設計等への応用にも極めて有効なデータとして注目されている。

8.4.2 身体機能特性

わが国における高齢化は急速に進展しているが,こうした社会変化に対応し,高齢者が健康で安全かつ快適な生活が享受できる環境作りが求められている。しかし,高齢者にとって安全・快適な製品サービスがどうあるべきか等を検討するためには,高齢者の身体機能レベルがどうあるかのデータの整備が必要とされる。ところが,こうしたデータは従来医学的見地からのもの
が多く,健康あるいは比較的健康な高齢者に関するデータは少ない。
特に,製品設計への応用の観点からのデータ整備が遅れている。こうした状況から,HQLでは,前述の人体形態データに加えて,加齢に伴う人間特性の変化の変化の把握を目的に,視覚・聴覚・運動機能等の身体諸機能の計測とそのデータベース化を進めている。
現在,視覚機能を中心とした計測が終了し,約400名を越える高齢者を含む視覚機能特性データがデータベース化されている。ここでは,視力,色弁別,グレアなどの視覚機能が加齢とともにどの様に低下するかに関するデータの収集が行われた。こうしたデータ計測に際しては,我々が日常の生活シーンで現れる状況を考慮しつつ計測条件が設定されている。例えば,視力については,標準視力だけでなく,本や新聞読む状況を考慮し,30cmの
距離での視力や照度の違いによる視力の変化,文字ポイント数の違いによる読みとり易さなどのデータの計測を行っている(図3,4)。

また,こうした視覚機能に続き,現在,聴覚機能,運動能力,体性感覚などの計測に着手し,これら計測データをまとめ,インターネットアクセス可能なデータベースとして順次公開している。

8.5 人間特性の収集とユニバーサルデザイン −おわりに代えて−

「人間生活工学」が目指す「人に優しい技術」の概要について紹介するとともに,その一環として人間生活工学研究センタが進めている人間特性データベース構築活動について紹介した。こうしたデータは,使う人の特性に適合したものつくりに役立つだけでなく,高齢者を含む人間特性の「分布」を把握することで,今後,高齢者配慮への方策つくりや種々の規格つくりなどの社会規範つくりにも大きな寄与が期待できる。逆の言い方をすれば,現在各方面で注目されている,ユニバーサルデザインやバリアフリー化などは,こうした人の係る定量的なデータに基づくことが必要であると考える。こうした意味からも,我々だけでなく,多くの機関等での特性把握への努力を期待したい。
HQLでは,上記諸活動を通して,「人に優しいものつくり」の普及・支援を行う場として,今後も,関連情報の発信や企業等へのサポートの充実を図り,当該分野での中核組織として成長して行きたいと考えており,読者各位のご支援をお願いしたい。
 なお,ここに紹介した当センタの諸活動は,ホームページ("http://www.hql.or.jp/")にアクセスして頂くことで,より詳しい情報の参照が可能である。

【参考文献】
1) 通商産業省編:90年代の通産政策ビジョン,(財)通商産業調査会,1990.8.,pp3-19
2) 大島正光:航空自衛隊パイロットの身体計測,航空医学実験隊報告,Vol.2, No.2, 1962
3) 日本規格協会編:日本人の体格調査報告,日本規格協会,1984

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