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スペシャルインタビュー
第二弾

ISO/PC283日本代表エキスパート
株式会社テクノファ 平林良人氏に聞く

第1回 ISO45001ができるまで

 まずISO(国際標準化機構)という組織の設立目的からお話ししていきたいと思います。ISOの前身は1928年に設立された非政府組織で、第一次世界大戦の反省を踏まえ、世界が平和に共存していくためには、人々の様々な権利が守られ、人々の享受すべき製品・サービスの品質は国境を越えて安全に使えるよう確保されていなければならないという、理念から生まれました。なお、前者の理念はILO(国際労働機構:1919年創立)につながったと言われています。


 現在、ISOはおよそ2万件の規格を有していますが、1980年代後半に、それまで物やサービスが規格の対象だったところから少し踏み出して、組織経営の要素を規格の対象にし始めました。組織が然るべき経営要素を基準として構築し、全員が守ることによって、その組織活動のアウトプットである製品やサービスが世界の人々に適切に行き渡るのではないかと考えたのです。その最初の規格が、1987年の品質マネジメントシステムISO9001です。当時は「マネジメントシステム」とは呼ばず、製品の品質管理を中心に規格化し「品質保証モデル」というタイトルで規格が発行されています。 どんな組織も生きていくためには、アウトプットが売れなければなりません。アウトプットの質が良くないと、お客さんに愛想を尽かされて売れなくなります。そのため、ISOは最初に製品の質という部分に注目したのだと思います。

 一方で1980年代、BSI(英国規格協会)が自らの規格BS5750を基準にして、組織がそれに適合しているかいないかの審査を行う第三者認証制度を始めました。その制度は英国内のみならず、欧州の中にも広まっていきました。そこで、BSIは国内規格BS5750を国際規格にし、第三者認証制度を世界に広めようと考えました。ISO規格を共通言語にして、ある国の組織が他の国の組織と品質確保の領域では同等であることを主張できる制度を世界に広めようとしたのです。その結果、ISO9001:1987品質マネジメントシステム規格は、またたく間に2万もあるISO規格のなかでベストセラーになりました。


 そして、次のマネジメントシステムを、と考える中、1992年にリオ・デ・ジェネイロで、環境サミットが開かれ、環境問題が世界的な注目を集めました。そのときISOが考えた、環境に対する要求事項を定めた規格が、今でいうISO14001でした。 その当時から、働く人たちの労働安全について規格化すべきだという意見は、ISOの中で強くありました。外部環境に影響を及ぼす、騒音や有害物(大気、水質、土壌汚染)、放射能といった安全健康被害の要素は、組織の内部で働いている人々にも様々な被害を及ぼすではないか。環境より労働安全衛生の規格の方を優先すべきではないか、という議論がISOのみならず、BSIの中でも起こりました。国際規格を新しく制定するには提案国が必要になりますが、ISO9001を提案した実績のあるBSIは当然その議論の中心にいました。私はこの時の議論が、ISO 45001の萌芽であったかなと思っています。


次回は「第2回 規格開発まで、なぜこれほど時間がかかったのか」を2018年3月2日(金)にお届けする予定です。お楽しみに!



平林 良人

株式会社テクノファ 取締役会長
セイコーエプソン英国工場長を経て、1993年に株式会社テクノファを設立。JAB評議員、JISマーク委員、各種ISO国内委員会委員を歴任する。また、TC176(ISO 9001)エキスパート、OHSASコンソーシアムメンバーを歴任し、ISO45001については、ISO/PC283日本代表エキスパートとして国際委員会に参加している。これまで多数の著書を出版。日本規格協会から「やさしいシリーズ8 [2007年改正対応]労働安全衛生(OHSAS)入門」「OHSAS 18001:2007 労働安全衛生マネジメントシステム 日本語版と解説」「ISO共通テキスト〈附属書SL〉解説と活用」等を出版している。